奇跡の材料「Cu-Al-Mn合金」が拓く、産学連携の耐震イノベーション
地震大国・日本で求められる建造物の強靭化。加工性に富み温度依存性が小さく、大きく変形しても元に戻る性質があるCu-Al-Mn(銅・アルミニウム・マンガン)超弾性合金。巨大地震時に建造物が大きく変形しても地震後の継続利用や超早期復旧が可能になるよう、鉄筋コンクリート橋脚や木造住宅の耐震補強への適用性を実証する研究が2021年に国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のA-STEPプロジェクトに採択され、この度プロジェクトが完了しました。
本記事では、プロジェクトで共同研究を行ったメンバーをお迎えしてインタビューを実施。プロジェクトの概要とプロジェクト中に乗り越えてきた課題、そしてこの技術が、いかに今後起こりうる大地震から建造物を守るのかを語っていただきました。
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本インタビューは、東北大学大森先生のみ都合により後日、書面にて別途お話を伺い、記事として再構成しています。
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- おおもり としひろ大森 俊洋
- 国立大学法人東北大学大学院工学研究科
金属フロンティア工学専攻 教授
加工性に富んだCu-Al-Mn形状記憶合金を開発した立役者。その特性を有名雑誌で論文発表し、注目を集めている。
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- あらき よしかず荒木 慶一
- 国立大学法人京都大学大学院工学研究科
建築学専攻建築構造学講座 教授
材料の建築構造物への応用研究分野のエキスパート。本プロジェクトでは、建築構造物の耐震性向上に関する研究を担当している。
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- ふじくら しゅういち藤倉 修一
- 国立大学法人宇都宮大学 地域デザイン科学部
社会基盤デザイン学科 教授
専門は土木分野の構造・地震工学。本プロジェクトでは、Cu-Al-Mn合金の土木分野への展開を担当し、主に橋梁への適用や耐震補強技術に関する研究を進めている。
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- うらかわ ようすけ浦川 洋介
- オリエンタル白石株式会社 技術部
チームリーダー・博士(工学)
藤倉教授と共に橋梁の耐震補強における施工面や、現行の各種基準への適合性などの検討を担当している。
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- きせ すみお喜瀬 純男
- 株式会社古河テクノマテリアル 研究開発部
部長・博士(工学)
社会人一年目から、一貫して形状記憶合金に関する業務に携わる。本プロジェクトのリーダーとして、材料の研究や応用分野に関する研究全体を統括する。
Cu-Al-Mn超弾性合金開発の歴史と、大型単結晶化という巨大な壁
——まずは、Cu-Al-Mn合金開発の歴史からご説明ください。
大森(東北大学):1990年代前半に、東北大学の石田清仁先生(現名誉教授)や貝沼亮介先生(現名誉教授)らが状態図研究を基にして形状記憶合金としての研究を始め、加工性の高い革新的な材料を実現しました。その後、1990年代後半からは、現在東北大学教授を務めている須藤祐司先生が大学院生および博士研究員として研究に加わり、形状記憶合金の特性をさらに向上させました。私は、まさにこの段階から研究プロジェクトに参加しています。
私たちは、この合金が持つ「薄板加工ができる」という優れた特徴を活かし、2005年頃から巻き爪矯正器具への応用展開を開始しました。その翌年には、古河テクノマテリアルと東北大学の間でCu-Al-Mn合金に関する共同研究が本格的にスタートし、巻き爪矯正器具の開発もその一環として組み込まれました。その後、仙台赤十字病院の整形外科である北純先生や、皮膚科の田畑信子先生らとの貴重な共同研究を経て、2011年に「ドクター・ショール」ブランドとして無事に発売を開始することができました。
また、これらと並行する形で、2006年頃からは京都大学の荒木慶一先生との共同研究も始まっていました。ここに古河テクノマテリアルも参画することによって、私たちはこの材料を建築構造物へ応用することを真剣に考えるようになりました。

荒木(京都大学):私は1990年代後半にアメリカに滞在していたのですが、当時は現地でNi-Ti合金の耐震利用に関する研究が行われはじめたところでした。しかしながら、Ni-Ti合金はコスト面で大きな課題を抱えていました。そのような折に帰国し、東北大学が極めて優れた新しい合金を開発したという記事を目にしたのです。この記事を読んだ私は、これほどの特性があれば建築や土木の分野でも十分に使えるのではないかと考え、すぐに東北大学へ直接お願いしに伺いました。

大森(東北大学):荒木先生が来てくださったものの、当時はこの材料を大型部材として利用することに非常に苦労していました。
転機となったのは2010年頃です。京都大学防災研究所の宇治キャンパスにおいて、荒木先生が実施された、Cu-Al-Mn合金をブレースの一部に組み込んだ振動台実験を私は見学させていただきました。しかし、その実験の激しい揺れの中で、Cu-Al-Mn合金が破断してしまったのです。この破断問題を解決するためには、材料を「単結晶」にするしかないという結論に至りました。しかし、建築で使うような長い棒材を単結晶にすることなど常識的に考えて無理であり、一時は絶望的な気持ちになりました。
この状況を打破するためには、大学の実験室において、須藤先生がごく小さな試料に対して行っていた「結晶粒粗大化手法」を、大型部材用に改良するしか方法はありませんでした。そこで私は、ダメもとで古河テクノマテリアルに相談を持ちかけ、実際に熱処理を試してみました。すると、驚くべきことに巨大な結晶粒が出来上がったのです。ちょうどこの画期的な成果が出た頃に、古河テクノマテリアルの喜瀬さんが私たちの研究開発チームに参画されるようになりました。
喜瀬(古河テクノマテリアル):もともとは荒木先生と東北大学の先生方の間で進んでいたお話がベースにありました。古河テクノマテリアルは、形状記憶合金の製造販売において国内でも老舗と言われております。そのため、当社の営業部長(当時)が東北大学の先生のもとへ、この新しい材料を一緒に使わせていただけないかとお願いしに行ったのがきっかけです。
当初は、Cu-Al-Mn合金を使って薄板製の商品を実用化しようという話が出ていました。しかしそれと並行して、この材料が持つもう1つの大きな特徴である「太い棒材が作れる」という強みを活かし、耐震構造のものも作ろうということになりました。ここから、京都大学の荒木先生と東北大学の貝沼先生、大森先生、そして古河テクノマテリアルによる3者の強力なコラボレーションが始まりました。
このコラボレーションにおける第一ステージは住宅用の実用化でしたが、それが無事に終わったあとも荒木先生には引き続きお付き合いいただき、耐震補強製品の開発に深く携わっていただきました。住宅用としての形は少しずつ出来上がってきたものの、やはり大森先生がおっしゃった通り、開発の現場には単結晶化という極めて高いハードルが立ちはだかっていました。通常の金属には結晶同士の境目である「粒界」が存在し、どうしてもそこから破断が生じやすくなってしまいます。建築構造物としての安全性を確保するためには、何としても全体を単結晶にする必要がありました。
私たちはその大きな課題を残したまま、建築用としての研究を粘り強く進めていました。東北大学は、熱処理を行うだけで単結晶を作るという画期的な基礎技術を開発していましたが、それはあくまで数センチという研究室レベルのサイズでした。その技術を、実際の建築に使える実用レベルのサイズである約30cmまで大型化することに成功したのが、私が新しく開発した技術です。この大型化の成功により、ようやく住宅などへの具体的な実用化へ繋げることができました。
ただ、これは私が開発したと言っても、もちろん東北大学の大森先生が引いてくださった熱処理のレシピが基本となっています。私としては、それを工場での実際の製造や実用化に向けてアップデートをした、というイメージを持っています。

大森(東北大学):喜瀬さんの素晴らしい技術開発のおかげで、その後、私たちは長さ70cmにも及ぶ棒材を単結晶にすることに成功しました。この研究成果は、2017年に世界的な一流学術雑誌である『Nature Communications』に掲載され、大きな反響を呼びました。この論文掲載を機に、大型構造物への実用化への道が大きく拓かれることになったのです。

異分野融合チームの結成と、企業と共に行う基礎研究の価値
——今回のプロジェクトチームが組成された流れを教えてください。
喜瀬(古河テクノマテリアル):材料の単結晶化がある程度安定して出来るようになったのは、2018年頃のことでした。その頃、大森先生のもとへ、アメリカから帰国して間もない宇都宮大学の藤倉先生から、この超弾性合金を土木構造物に応用できないかという打診がありました。そこで、荒木先生と私も加わって意見交換の場を持ったのですが、その席で全員が完全に意気投合したのです。
私たちは、このCu-Al-Mn合金の土木用途への展開を目指し、国立研究開発法人科学技術振興機構(以下、JST)の「A-STEP(研究成果最適展開支援プログラム)」への採択を当面のターゲットとして定め、共同で準備を開始しました。さらにその際、藤倉先生からのご紹介によって、橋梁施工メーカーのスペシャリストであるオリエンタル白石の浦川さんもこのチームに合流してくださることになりました。
藤倉(宇都宮大学):私は2016年頃から、大地震などの後に生じる橋脚の傾きについて研究をしていました。地震が起きて大きく傾いてしまった橋は、技術的にその後の使用が難しく、最終的には取り壊さなければならなくなってしまいます。そのため、私は橋脚が傾くのを防ぎ、自ら元の位置に戻るような新しい材料を必死に探していました。その探求の過程で、大森先生の素晴らしい材料と荒木先生の研究を知り、すぐにコンタクトを取りました。
ちょうど2018年は、単結晶化の成功によって大森先生、荒木先生、喜瀬さんたちが「先端技術大賞」を受賞された年でもありました。その受賞記念の懇親会の席で、建築と土木、そして材料というそれぞれの専門家が一堂に会して熱く語り合い、完全に意気投合しました。この運命的な出会いによって、これまでにない異分野融合チームが本格的に始動することになったのです。

——大学の立場から、企業と一緒に基礎研究を行うことについて、どのような価値を感じていますか。
荒木(京都大学):私がこの研究をはじめた20年ほど前は、大学の人間である私自身、企業と一緒に研究を進めるということはあまり深く考えていませんでした。しかし、東北大学の石田先生は「研究は実用化しなければ意味がない」という非常に強い信念を持たれていました。その姿勢に影響を受け、私も当時は未経験ながら、特許の手続きについて必死に勉強した記憶があります。その時の経験があるからこそ、大学の研究を本当に社会へ還元するためには、企業と一緒に二人三脚で取り組まなければならないと強く考えるようになりました。
——古河テクノマテリアルの喜瀬さんと一緒に組むようになり、どのようなコラボレーションが生まれると思いましたか。
荒木(京都大学):私の恩師からは、常々「本当に熱意のある企業と組まなければ、どんなに優れた研究も決して世の中の物にはならない」と厳しく教わってきました。しかし、それまでの私には、そのような熱量を持った企業人に出会う機会がなかなかありませんでした。
喜瀬さんとご一緒する中でプロジェクトは目を見張るほどのスピードで劇的に進展していきました。その時に初めて、私はかつて恩師が言っていた言葉の本当の意味を実感することができました。
常識を打ち破る開発スピリットと、フラットに意見を交わす座組
——喜瀬さんの柔軟な発想が開発のベースになっている部分もあると思いますが、なぜそのような常識破りの開発が出来るのでしょうか。
喜瀬(古河テクノマテリアル):私はこれまで、形状記憶合金の商品開発という仕事に長年携わってきました。その厳しいビジネスの世界の中で、「お客様からいただいた要望は何としてでも形にしなければならないものだ」というメーカーとしての姿勢が刷り込まれているのだと思います。
これまで私たちが苦労して商品開発してきたものの中には、一時的に非常に良く売れた時期があっても、時代の変化とともにどんどん売れなくなっていったものもありました。だからこそ、お客様から「こういう新しいものを作って欲しい」という貴重なチャンスをいただけたのであれば、何が何でもそれをモノにして実用化させなければならないという強い危機感と意識が常にあります。
今回のCu-Al-Mn合金についても、大型部材の単結晶を作るというのは、金属工学の常識を超える、極めて困難な挑戦でした。数センチのサイズであれば、作れただけで論文に載せることは可能ですが、実際の建築や土木で使ってもらうためには、もっと遥かに大きなサイズが必要になります。これが達成できなければ、技術者として自分が負けたことになると感じていましたので、開発の期間中はまさに自分自身との闘いという感覚でした。
——藤倉先生は、この材料や研究を初めて知ったときに、「自分たちの分野と一緒にやっていけそうだ」という確信を持たれたのでしょうか。
藤倉(宇都宮大学):確信というよりも、非常に大きな可能性を感じました。材料、建築、そして土木という、本来は異なる領域の専門家がこれほど密接に集まるチームは、現在の日本においては非常に稀有で珍しい存在です。私にはアメリカでの研究経験があるのですが、海外では異なる分野が融合することによって、これまでにない新しい価値を生み出すシーンを何度も見てきました。
そのため、この新しいチームに参加できること自体に非常にワクワクしました。やはり、自分一人だけの知識や一つの専門分野に閉じこもっていては、社会を一変させるような新しいものは生まれません。異分野の人に入ってもらい、それぞれの視点から知識を出し合うことは、イノベーションを起こす上で本当に重要なことだと感じています。
喜瀬(古河テクノマテリアル):チームが結成された後、さらに大きな研究資金を獲得して開発を加速させようということになり、私たちの方から藤倉先生とオリエンタル白石の浦川さんに正式にお声がけをさせていただきました。
普段、私たちが材料研究だけの狭い視点で見ていると、ごく「当たり前だよね」と感じて見過ごしてしまうような物理現象があります。しかしそれを、荒木先生や藤倉先生たちから「この特性こそが、現在の耐震分野で何十年も待ち望まれていた画期的なものなのだ」と教えていただくことで、私たちは全く新しい視点を得ることができました。それぞれの専門分野が上下関係なくフラットに意見を出し合い、相互に新鮮な刺激を受けながら、研究がスパイラルアップして高まっていく素晴らしい感覚がこのチームにはあります。
荒木(京都大学):喜瀬さんをはじめとする古河電工グループの方々は、これまでの長い研究や豊富な現場経験から、本当にたくさんの技術的な引き出しを持たれています。私たちが「こんな夢のようなことはできないか」と少し無理な相談をすると次から次へと解決のヒントを提示してくださるのです。
——浦川さんは、どのようなタイミングからこのプロジェクトに関わってきたのでしょうか。
浦川(オリエンタル白石):私は2020年頃に、藤倉先生からお声がけいただき、このプロジェクトに参画しました。それまで、私たちのような実際の施工を担う土木分野と、上流にある材料分野が、これほど初期の段階から一緒に研究を進めるという機会はありませんでしたので、その座組の発想自体がとても刺激的でした。
喜瀬さんも含めて、このチームの先生方は皆さん海外でも非常にアクティブに活躍されている方ばかりです。そのため、ディスカッションの際に見せる視野の広さや、既存の枠にとらわれない発想の豊かさについては、私自身にとっても非常に勉強になっています。

——このように、全く領域の違う者同士による産学連携というのは、業界全体で見ても珍しいことなのでしょうか。
浦川(オリエンタル白石):はい、滅多にない非常に珍しいケースだと思います。例えば、土木の現場で日常的に使うコンクリートなどの材料に関しては、大学と共同研究を行うことがよくあります。しかし、金属材料そのものを開発する基礎研究の段階から、私たち土木業者が産学連携にお付き合いさせていただいたのは、私のキャリアの中でも初めての経験です。
藤倉(宇都宮大学):私にとっても、金属工学や材料分野の先生方とこれほど深く膝を突き合わせて一緒に研究を進めるというのは、人生で初めてのことでした。
——今回は、中心にある「Cu-Al-Mn合金」という素材そのものに圧倒的な魅力と特性があるからこそ、それを中心として自然と素晴らしいメンバーが集まってきたわけですね。
藤倉(宇都宮大学):まさにその通りで、まずはその素材の可能性に着目したところから始まりました。現在では、橋梁の設計を担うコンサルタント会社や、高速道路を管理し、実際に工事を発注する高速道路会社の方々にも、私たちのチームに加わっていただいています。立場の異なるメンバーが垣根を越えて何度も議論を重ねることで、技術の社会実装に向けた確かな土台を、一つ一つ皆で築いているところです。
——今回の大きなプロジェクトは、どなたが主にリーダーとして旗を振っていたのでしょうか。
藤倉(宇都宮大学):これについては、誰か一人が引っ張ったというよりも、それぞれの専門分野のリーダーがそれぞれの領域で同時に旗を振っていたのだと思います。
喜瀬(古河テクノマテリアル):公式な会議だけでなく、その後の懇親会などのリラックスした席でも、どんどん新しいアイデアが飛び出してきました。そこで出たアイデアを持ち帰り、実際の実験を何度も繰り返していくことで、技術が形になっていきました。
荒木(京都大学):例えば、私や藤倉先生が課題に直面し、「ここを解決する方法、何かないかなぁ」と問いかけると、大森先生と喜瀬さんが、まるで四次元ポケットから何かを取り出すようにゴソゴソと探り始めます。そして、「じゃぁ、こんな新しい熱処理パターンはどうかな」というように、笑顔で提案してきてくれる、まさにそんな楽しいイメージのチームです(笑)。
喜瀬(古河テクノマテリアル):お褒めいただき恐縮ですが、このチームの何よりの強みは、それぞれの分野が一切の遠慮なく、本当にフラットに意見を出し合えている点にあります。
浦川(オリエンタル白石):荒木先生も藤倉先生も、研究者としての発想がとても豊かなだけでなく、非常にアクティブですので、思いついたことは何でもすぐに実験で試されます。そこで失敗を恐れずに試した中から出てきた新しいアイデアが、また次のステップへとスパイラルアップされ、さまざまな応用分野へと広がっていくのです。
喜瀬(古河テクノマテリアル):実際のところ、たとえ実験そのものには失敗したとしても、その失敗データを皆で分析することで、「そこから新たな可能性や別の解決策が見えてくる」という経験が何度もありました。
藤倉(宇都宮大学):特に私たちが橋の柱である橋脚を設計する際には、国の「道路橋示方書」という厳格な技術基準に基づいて、さまざまな照査や計算を行います。しかし、今回開発しているこの新しい超弾性合金は、従来の材料とは大きく異なる特性を持つため、既存のルールには全く当てはまりません。だからこそ、これまでの固定観念にとらわれず、柔軟で新しい発想を持ちながら、この未知の材料が示す挙動に誠実に向き合うことが大切だと、日々感じています。

幾多の難局と、実用化の瞬間に覚えた最高の感動
——もともと素材の研究段階から参画され、そこから徐々にメンバーが集まり、最終的にはその成果が先生方の基礎研究にまたフィードバックされるという、理想的な座組になってきました。この現在の状況をどのように受け止めていらっしゃいますか。
荒木(京都大学):このプロジェクトを通じて、一言では言い表せないほどの「感動した」という素晴らしい経験を、これまでに何度もさせていただきました。また、当初は数人だった関わる人々の輪が、これほど大きなチームへと広がっていったそのダイナミズムにも、深く感銘を受けています。
実は、1回目のJSTプロジェクトの際、私たちは「一定期間内に、この材料を使ってくれるハウスメーカーを実際に個別に見つけてこなければ、国からの研究資金をその時点で打ち切る」という、非常に厳しい条件を突きつけられたことがありました。その絶体絶命の危機のとき、古河電工グループOBの方(元営業部長)が文字通り人力を尽くし、日本中を駆け回って引き受けてくれるハウスメーカーを必死に探してきてくれたのです。
あのとき、もし古河電工の皆さんが諦めて資金を打ち切られていたら、今私たちは間違いなくここに座っていなかったと思います。そうした数々の苦労や難局を皆で乗り越え、最終的に住宅用の部材として実用化に繋がったときは、本当に心の底から嬉しかったですね。 今から20年前に私がこの研究を始めたとき、当時のチームのトップは東北大学の石田先生という偉大な方でした。私は石田先生から、「荒木くん、学者として高名な雑誌に論文を載せることばかりを目標にしてはいけない。何よりもまず、実際の社会で使われる実用化を目指しなさい」と口酸っぱく言われていました。
それから長い年月が経ち、実際に住宅分野での実用化が達成され、その部材を組み込んだショールームが完成しました。そのショールームの現場に石田先生をご案内し、実際の建物を見ていただいたときのことです。あの瞬間こそが、私のこれまでの研究人生の中で最も嬉しく、誇らしい瞬間でした。この技術は、これから土木分野でもどんどん使われていくことになりますし、将来的には日本国内に留まらず、世界中へ広がっていくものと確信しています。

——やはり、その中心にある技術や素材そのものに圧倒的な力があるからこそ、これほどまでにメンバーが集まり、実用化の可能性が広がっていったのでしょうか。
荒木(京都大学):その通りだと思います。長年、Ni-Ti合金が「神の材料」と呼ばれて崇められてきました。しかし、今回私たちが形にしたこのCu-Al-Mn合金も、それに勝るとも劣らない、まさに歴史的な「奇跡の材料」だと私は思っています。
——喜瀬さんは、研究の初期段階で、このプロジェクトがここまで大きな規模に広がると予想できていましたか。
喜瀬(古河テクノマテリアル):正直に申し上げれば、最初からここまで広がるとは予想していませんでした。私たちはメーカーの人間ですので、まずは目の前にある技術的な一歩を確実に進め、なんとしても実用化することだけに全力を注いできました。この「世界初」となる革新的な材料の立ち上げにおいて、開発の初期から結果を出すチャンスを頂けたことに、今でも深く感謝しています。
また、大学の先生方や、普段の会社生活では出会えないような異分野の一流の技術屋の皆さんとコラボレーションできたことは、当社の主力であるNi-Ti合金の商品開発の仕事にも、非常に大きな良い影響を与えています。
私たちが扱っているNi-Ti合金も、これからの時代を生き抜くために、次の新しいステージへといかなければならない変革期を迎えています。海外の先進的な事例を見ても、やはり成功している企業は外部との積極的なコラボレーションを行っています。今回のチームのように、常に世界市場を見据えている熱い人たちと組んで仕事をすることは、メーカーの技術者にとって本当に大事なことなのだと実感しています。
JSTプロジェクトの採択と、土木分野へのさらなる大型化
——この研究成果が認められ、2021年にJSTのA-STEP産学共同プロジェクトに採択されたときには、どのような感想を持たれましたか。
大森(東北大学):当時はちょうどコロナ禍の真っ只中であり、メンバーと直接会うことができなかったため、すべてオンライン会議での打ち合わせを何度も重ねて申請書を書き上げました。それだけに、無事に採択されたという報せを聞いたときは、それまでの苦労が報われたと本当に嬉しかったですね。これから4年半という長期にわたって、腰を据えてこの研究に専念できる環境が得られたことに、大きな喜びと深い責任を感じました。
——国からのプロジェクトとして正式に採択されることで、大きな研究予算が確保できるという点でも、研究をより深めやすくなるのでしょうか。
喜瀬(古河テクノマテリアル):それは非常に大きいです。私たち研究開発に関わる人間は皆、心の底では「自分たちの手で世の中をガラリと変えるような、ものすごいものを作ってやろう」という強い野心を持って日々研究をしています。その中で、国からプロジェクトとして採択されたことで、十分な予算がバックボーンとして確保され、資金的な心配をすることなく自由で大胆な研究が可能になりました。
JSTの審査では、本当にさまざまな分野の専門家の方々が採択の合否を決定します。そのため私たちは、これまでに積み上げてきた確かな実績と、これからの開発に対する高いモチベーションを、どのように書類やプレゼンで見せるかという戦略を重点的に考えました。荒木先生は、そうした申請書のストーリーや文章を整えるのが抜群にお上手ですので、チームの役割分担という意味でも、本当にベストなメンバーが集まったなと感謝しています(笑)。
荒木(京都大学):いえいえ、私の文章力というよりも、やはり東北大学の先生方が長年積み上げてこられたアカデミックな研究実績が、審査員を黙らせるほどに圧倒的だったのだと思います。
藤倉(宇都宮大学):私自身、この大きな予算を国からいただけたおかげで、これまでの大学の限られた予算だけでは導入が難しかった、大型実験装置を整備することができました。大学を取り巻く予算状況が厳しさを増すなかで、これほど充実した環境で研究や実験に取り組めることは、決して当たり前ではありません。このような機会をいただけたことに、心から感謝しています。
——現在の、具体的な技術の進捗状況はいかがでしょうか。
喜瀬(古河テクノマテリアル):先ほど申し上げた通り、一足先に開発が進んでいた住宅分野においては、すでに実際の建物への実用化が達成されています。しかし、現在挑んでいる土木分野においては、橋梁などの構造物が住宅とは比較にならないほど巨大であるため、使用する金属部材の「さらなる大型化」という新たな壁に直面しており、この大型化の製造課題への解決に向けて取り組んでいます。
世界を変える超弾性合金、日本発の技術を世界のインフラへ
——それでは最後に、このプロジェクトが持つ社会的な意義や、今後の未来に向けた熱い想いをお一人ずつお聞かせください。
浦川(オリエンタル白石):以前、藤倉先生が大学の実験室で行われた、橋脚を模した供試体を動的に激しく揺らす実験に立ち会わせていただいた時のことが今でも忘れられません。従来の鉄筋コンクリート造の橋脚モデルは、激しい揺れによって無残に破壊されてしまいましたが、私たちの超弾性合金を組み込んだモデルは、どれだけ揺らしても壊れず、しかも揺れが収まると自ら完全に元の位置へと戻ったのです。その奇跡的な光景を目の当たりにしたとき、実験室にいた技術者たち全員から沸き起こった、あの大きな拍手と感嘆の瞬間は今でも鳥肌が立つほど鮮明に覚えています。
私は学生時代に、テレビで阪神・淡路大震災の悲惨な映像を見て強い衝撃を受け、将来は地震に強いインフラを作りたいと思ってこの世界に入りました。この、地震が起きても構造物が自ら元に戻る「自己復元技術」が広く社会に普及すれば、大地震による都市の被害や経済的な損失を最小限に抑えるための一助に必ずなると確信しています。これまでのプロジェクトの道のりも信じられないほど楽しかったですが、これから実際の社会にこの技術が組み込まれていく未来を想像すると、今から楽しみで仕方がありません。

藤倉(宇都宮大学):私は大学という教育の場に身を置いていますので、これからの未来を担う若い学生たちにも、私自身がこのプロジェクトを通じて日々感じている「心が震えるほどのワクワク感」をぜひ体験してもらいたいと思っています。
この新材料である超弾性合金が普及すれば、間違いなく世界の土木・建築の常識が変わります。日本という地震国から生まれたこの素晴らしい固有の技術が、将来的に日本国内だけでなく、世界中の高速道路や重要な橋梁インフラで当たり前のように使われる日が来ることを、大いに期待していますし、必ず実現させたいですね。
喜瀬(古河テクノマテリアル):国からのプロジェクトとしてのJSTのA-STEPプロジェクト自体は、今年の3月をもって一区切りとなり、無事に終了いたしました。研究成果については、現在論文にまとめておりますので、そう遠くないうちに公表を予定しております。しかし、私たちの挑戦がそこで終わったわけではありません。現在は、さらに新しい外部メンバーや企業もチームに加わり、実験室レベルから、より実用的な社会実装のステージへと持っていくための次のスパイラルアップのフェーズへと、すでに突入しています。
かつて、金属や材料の分野は「日本のお家芸」と呼ばれて世界をリードしていました。この世界初、そして日本発となる画期的な新材料を使って、世界を驚かせる成果を出せるチャンスが今ここにあります。また、地震国である日本だからこそ生み出すことができたこの防災技術を確立し、世界中の人々の命と生活を守る役に立てることは、ものづくりに生きる技術者として、これ以上の幸せはない「技術者冥利に尽きる」瞬間だと思っています。
今回の経験を通じて痛感したのは、これからの時代のイノベーションには、異なる分野が交わる産学連携やオープンなコラボレーションが絶対に不可欠だということです。自社の中だけでこぢんまりと開発を続けていても、アイデアの幅にはどうしても限界がきてしまいます。大切なのは、組織の枠を超えて、どれだけ高いモチベーションを持った人たちが集まれるか、そこに尽きると思います。
荒木(京都大学):このCu-Al-Mn合金という材料は、実は昔、東北大学の学生が実験で犯してしまった「偶然の失敗」から大発見されたという、非常に面白い背景を持っています。そこから今日ここにたどり着くまでにも、私たちはいくつもの資金的・技術的な難局を乗り越えてきました。一歩間違えれば、いつこの研究が途中で終わって打ち切られていてもおかしくないような、綱渡りの連続でした。
私たちは現在、この銅ベースの合金で培ったノウハウを活かし、さらにコストが安く汎用性の高い「鉄(Fe)ベースの超弾性合金」の開発も同時に進めています。これが実用化されれば、社会に与えるインパクトはさらに巨大なものになるでしょう。鉄は銅とは異なり、周囲の温度が劇的に変わっても材料としての特性が変化しないという非常に優れた強みを持っています。そのため、地上の耐震性向上だけでなく、将来的に建築物を「建てやすく、かつ将来壊してリサイクルしやすい」という資源循環型の建築システムの実現や、宇宙空間の極限環境における宇宙構造物への適用も十分に視野に入ってきます。お互いの知識の引き出しを出し合うことで、新しい可能性が次々と見えてくることこそが、このチームの素晴らしさですね。
大森(東北大学):改めて振り返っても、私たちのチームは各専門分野のトップクラスのツワモノがそろった、本当に強力な布陣だと自負しています。金属工学の常識を覆す難題を解決し、長さ70cmもの単結晶超弾性合金を実際に作ってしまった古河テクノマテリアルの喜瀬さん。卓越したアイデアとネットワークで、建築分野への圧倒的な展開力を示してくださる荒木先生。そして、道路橋示方書に縛られない高い実行力で土木の世界を引っ張る藤倉先生と、リスクを恐れず挑戦的な共同研究にいち早くチャレンジしてくださるオリエンタル白石の浦川さん。このメンバーが集まったからこそ、ここまで来ることができました。
大学における基礎研究は、企業と一緒に組むことで、実際の世の中で使われるための本当の課題や切実なニーズがどこにあるのかが初めて明確に見えてきます。こうして得られた現場の課題を、私たちが一度大学の基礎研究にフィードバックして理論を深め、そこで進化した新しい技術を、今度は再び企業の生産現場(産業)へとフィードバックしていく。このサイクルを繰り返すことによって発展していく姿こそが、東北大学が伝統的に重んじてきた「実学」の精神そのものです。
日々の共同研究の中では、私たちの想像を超えるような思いがけない実験結果やデータが沢山出てきます。しかし、それに対してこのメンバーであれば、互いに知恵を絞り、協力しながら課題を解決し、さらに技術を発展させることができます。私は2011年の東日本大震災を仙台の地で自ら経験しましたが、建物の耐震化・免震化というのは、人々の命に直結する極めて切実な社会的課題であると身に染みて実感しています。だからこそ、この研究をただの論文発表で終わらせるのではなく、必ず社会実装までつなげたいと強く願っていますし、この最高のメンバーなら絶対に実現できると信じています。
全く新しい未知の技術が、実際の社会で広く使われるようになるまでには、どうしても長い時間がかかります。今回の研究も、普通の企業であれば、利益が出ないとして途中の難局で開発中止となっていたかもしれません。しかし、古河テクノマテリアルさんが、未来の社会のためにと粘り強く諦めずに開発を続けてくれた結果、巻き爪矯正器具や住宅の耐力壁での商品化を経て、現在の「土木分野での壮大な応用」が見えてくる状況までたどり着くことができました。やはり、どれほど高い壁にぶつかっても、信じて諦めずに愚直に続けることこそが、イノベーションにおいて最も大切です。

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